私、もう終わろうとしたの。
こんな汚い世界から。
下にはこの汚い世界で生きる人たちの頭が見える。
私はあと一歩踏み込めば、もう何も感じなくなる。
お母さん、お父さんごめんなさい。私もう限界なの。
私は一歩踏み込み、下に落ちて原型をとどめず死ぬ
―――――予定だった。
のだが。
どういう訳か私の視界は静止したままで。
「ちょっ・・お前!!何してんだ!!?」
「え・・何って、私は・・」
「死ぬとこだったぞ!!」
腕が痛い。よく見たら少年が私の腕を掴んでいる。
私は少年を見た。
その少年の髪に夕の赤い光が当たって紫色に反射した。
琥珀の瞳が私をじっと見る。すごく綺麗。哀しみを帯びた色だった。
私はなんだかその目を見ていると泣きたくなった。
自分が今しようとしていたことについて謝らなければならないような気がした。
「ご・・ごめんなさい・・」
「何があったかは知らんが勿体無ぇじゃんか。せっかくの自分の命。」
「・・・・・。」
本当は今の少年の発言について反論したかったのだけれど、何にも言えなくなってしまった。
少年の言うことは最もだが、私には残酷すぎるその一言。
『勿体無い命』?
私のことなんて何も知らないくせに貴方はそう言うの?
少年はふぅと溜め息をつくと、夕焼けを少し見て
「俺とちょっと来い。」
「え?」
「だってお前、俺が去った後また死のうとするかもしんないだろ?だから俺と一緒に来い。」
そう言って少年は私の手をぐいと半ば強引に引っ張った。
その手は温かかった。
Crude Crime act1 終わりの始まり。
何を話していいのか分からず、移動している間、私も少年の方も、終始何も会話をしなかった。
「ほら、着いたぞ。」
「ここは一体・・・」
「ここ?ここはまぁ、軍隊の・・要塞みたいなもんだな。」
「軍隊!?」
「そ。俺は軍隊に属してんの。ちなみに総帥。」
「そう・・すい・・・・」
軍隊は、嫌い。私のお母さんとお父さんを奪っていったから。
皆平和の為だとか言っているけど、奪うことだけしかできないヒトタチ。
なんて残酷なの
貴方もその残酷なヒトタチの一員なのかと思うと鳥肌がたつ
ほらと言って少年は少女の手をつかみ、ずんずんと要塞の奥へと進んでいった。すれ違う人間の誰もが少年に敬礼をする。
それは、私にその少年の位を分からせるのに十分なものだった。
やっぱり アナタも
要塞の中はかなり広く、どのぐらい歩いただろうか。少女がぜえぜえと息をつきはじめていたとき、少年はやっと立ち止まった。
「これが俺の部屋。」
「・・あなたの部屋・・?」
「そう。ちょっと壁とか汚いけどな。とりあえず中に入って。」
ドアノブに手をかけるとキィという音とともにドアが開いた。
部屋の内装は少しばかり古いが、よく整理されている。汚いと本人は言いつつもかなりきれいな方だ。
「適当にその辺に座ってて。すぐ戻ってくるから。」
「あ・・はい・・。」
そう言うと少年は少し駆け足気味で部屋から出て行った。
少女は赤いソファに腰掛けてみた。ソファの素材がやわらかいらしく、大きく沈む。その感触はなんとも気持ちいいもの。
あたりを見渡すと机と本棚とベッドとタンスとこのソファぐらいしかなく、こざっぱりとしていて実に質素な部屋だった。
『やっぱり アナタも残酷なの?』
部屋に戻ってきたらそう少年に聞いてみたい。
けれど、少年の琥珀の瞳を思い出すと、聞いてはならない気がする。
その眼の色は哀しみにも残酷にも見えた。
『すぐ』という言葉通り、少年は1分もしないうちにこの部屋に戻ってきた。
・・・後ろに幾人か人を引き連れて。
「おー なかなかのべっぴんさんじゃねーの」
「おいあんまりこの子に絡むなよ一夜」
いきなり人数が増えて、私は誰と会話をしていいのか戸惑った。
背の高い男の人と女の人と小さい女の子が部屋に入ってきた。
「かわいい子ね。名前は?」
「あぁそういえば聞いてなかったな。えっとお前、名前何ていうんだ?」
「あ・・えっと私は・・・・・」
なぜかとても緊張してしまい、その後に紡ぐ言葉がなかなか出てこない。
「私は、青山、琴子です。」
「そうかお前琴子っていうのか。よろしくな。」
名前を言うだけなのにものすごく疲れた。
「俺は佐夷。んでこっちの金髪が一夜で茶髪が真莉、紺の小さいのがPerだ。」
それぞれが琴子に軽く会釈をした。
しかし琴子は固まっていて何も返さない。
その様子に気づいたのか、金髪の青年一夜が一歩琴子の前に出た。
「えっと俺は一夜だ。佐夷とはまぁそこそこの関係かな。つーか君はどうやって佐夷に拾われてきたの?ナンパ?いやん佐夷も大人に――」
一夜がしゃべりきらないうちに拳が見えたかと思うと、気づいたときにはもう一夜は地面に沈んでいた。
「んな訳ないだろう」
・・佐夷の拳から煙が出ている。
しかし、心なしか佐夷は楽しそうだ。
あぁ、佐夷くんは一夜さんと仲がいいんだな。とすぐ琴子は思った。
「道中で怪我をして困っていたから俺が助けたんだ。それでつまんなそうだったから連れてきた。ただそれだけさ。」
意外だった。
佐夷は、私が先刻までしようとしていたことを明かさなかった。
佐夷の方をチラリと見やると、当たり前だろというような顔をしていた。
「それは大変だったね。私は真莉。よろしく。」
そう言うと真莉はにっこり微笑んだ。茶色のふわふわした髪の毛、珍しい赤い眼がとても印象的だ。
綺麗な人。心から微笑んでいるのが分かるくらい
「よろしくお願いします」
「わたしはPerっていうの。よろしく。」
「えっと・・よろしくお願いします。」
そう言うとPerは琴子から微妙に目を逸らした。
(あ・・あれ・・?)
「Perはちょっと人見知りをするけどとてもいい奴だから、気にするな。」
「え、あ・・はい。」
佐夷の一言で安心はしたものの。
Perはとても可愛いが、気のせいかどこか影を帯びている。そんな印象を受ける人物だった。
不思議なメンバーだ。初めて会ったのに、自分を受け入れてもらっている気がする。
そんな感じがした。あったかいお風呂みたいだ。
「あー佐夷のパンチは相変わらず効くね〜。ところで琴子はこれからどうするつもり?家は?」
うっ と息が詰まる。
そう、私は独りぼっち。
だから 私はさっき死のうとしたんだっけ
「あ、あの私、家族はもう誰もいなくて・・家もないです・・。」
あたりがしーんとしてしまった。
とても気まずい。
「・・悪いこと聞いちまったな。」
一夜の表情が暗くなる。
「その、えっと、全然気にしな」
「おそろい。」
「え。」
答えは思ってもいなかったもので
一夜はにっと笑って言った。
「おそろいだな。俺も佐夷も真莉もPerもみんな家族いねぇんだ。おそろいじゃん。」
「あ、お、おそろい・・ですか。」
傷の舐めあいみたいな言い方ではなく、あっさりと彼は言う。
一瞬で私の中のもやもやが消えたような気がした。
それもいとも簡単に。
「じゃあさ、琴子もここにいればいいんじゃない?ここなら寂しくないだろうし」
「お、いいねぇソレ」
「そ、そんな・・!!!」
全員が琴子を見た。
「あ、やっぱ嫌か・・こういうトコ・・・だよな。ここ軍隊だから」
「えっと、ごめんね・・いきなり勝手すぎたわ。」
「あーごめんな。その・・俺はただここに居て琴子の元気が出るなら・・ってことを言いたかったんだ」
『元気が出る』?
あれ?
じゃあ一夜さんもやっぱり・・
さっきのことを見ていたのかな
残酷ね
「あ、あの 私は・・・・・」
なんて言うべきかしら。
「琴子」
琥珀の瞳が琴子をじっと見据える。
その迫力に琴子は思わず身を固くしてしまった。
「じゃあこうしよう。俺はお前を傍に置いときたい」
「えっ」
「これは、総帥命令。」
「プラス元帥命令。」
「そして大将命令。」
「おまけに大佐命令。」
「じゃあ決まりだな。」
「はい 決まり。」
「決まりね〜」
皆口を揃えて言った。
「え、あ、あのっ・・!!!」
「何か問題でも?琴子くん」
そう言われた瞬間、琴子ははいと言うしかなかった。この瞳に逆らえなかった。
「・・不束者ですが・・よろしくお願いします・・・・」
「よっしゃ!そうと決まれば今晩の青山の寝場所は俺の部屋だな♪ちょうど枕も二つあるし。」
「それで・・最期に言いたい言葉はそれだけか?一夜」
佐夷がドス黒いオーラを身にまといながらボキボキと指の関節を鳴らしている。
「・・はいはいはい、ふざけてすみませんでした〜〜〜〜半分本気だけど」
さすがの一夜も(死の)危険を感じたらしく、(佐夷に殺されないうちに)どこかへ逃げてしまった。
「あのエロおやじめ」
いつもあんな調子なのよと真莉が微笑んだ。Perもくすくす笑っている。
『信頼』とか『友情』とか、とてもじゃないけどそういったもので結ばれているような人達にはみえない。
けれど
よく分からないが、ここはとても居心地がいい。
「琴子」
「はい?」
「死に損ないとか、恥じるなよ。お前だけの人生だ。」
「・・・はい。」
琴子はその言葉を聞いてすごく安心した。
なんでだろう。その言葉はひどく残酷に聞こえるのに
―――――聞こえるのに。
佐夷たちとの生活はなかなか楽しいもので、最初はあまり慣れずに気持ちを固くしていた琴子も次第によく笑うようになっていった。
それを見て、佐夷たちも不思議と幸せな気分になっていった。
午前中は佐夷たちが授業―佐夷曰くだるすぎるらしい―を受けなければならないので、琴子は佐夷の飼い猫の指宿さんと遊んだり、授業の見学をしたりしていた。
「あ・・一夜さん、今日も寝てる・・」
『どうしたらAブロックを攻め落とせるか』についての講義をやっているようだが、琴子にはよく分からなかった。
むしろ、分からない方がいいと思っていた。
授業中の佐夷たちの様子は普段どおりだが、たまに鋭い、心臓が停まるような目をするときもあるので琴子はそんな佐夷たちが少し怖かった。
敵にまわしたら・・と思うと本当に恐ろしくなる。自分の力では到底敵わない。
琴子にとって毎日が新鮮で、午前中は少し暇だけれどもそれでも楽しい日々を過ごした。
一週間前の自分の生活が、琴子には嘘のようだった。
光が指した、と言ったら言い過ぎだろうか。
今の生活はとても自分には儚く
白昼夢のようで
しかし、今この瞬間でさえも平和だったと思うときがくるのを、佐夷たちはまだ知る由もなかった・・・・。