Crede Crime act2  go ahead!

 

今日は午後になっても佐夷たちは琴子の元へ戻ってこなかった。

そのうち戻ってくるだろう、と琴子はあまり心配しなかった。

 

何も考えず、開け放たれた窓をただ見ている。

 

ひどく静かだった。

この時間帯はいつも皆といるから。

 

真莉さんの高い笑い声も

一夜さんの密かなセクハラ発言も

佐夷くんの静かなツッコミも

Perちゃんの眠たそうな声も

 

今は聞こえてこない。

 

 

 

 

何もない空間に、風だけが通った

 

 

 

 

「佐夷、一夜、真莉、Per・・・君達エージェントを呼んだのは何故だか分かるかね?」

見事な白髪の老人、橋本が低い声で言った。

「・・“西の神”の討伐ですよね?」

佐夷が応えて言う。

他の3人は黙ったままだった。

「そう。今や彼奴(あやつ)は人造兵士を作り上げることに成功して日本全国に猛威を振舞っておる。

 死者、怪我人、行方不明者多数。早くしなければ、この国は潰れてしまう。」

「・・俺たちが討伐成功する確率はどれぐらいですか?」

少し間をおいてから一夜が発言した。

「0ではないな」

「ということは、勝つ確率は低いんですね」

「そうだ。君達の・・命の保障もない。」

さっきまで話していた人が数秒後には息絶えてるかもしれない。

その言葉に4人は思わず息を飲んだ。

「しかし君達の『(うつわ)』の能力(ちから)が必要なんだ。

・・・行ってくれるかね?」

橋本の話し方は丁寧だが、『行け』ということを暗に意味していた。

「・・最高司令官の仰せのままに・・・」

佐夷はそう言うと、さっさとドアの方へ行ってしまった。

それを見て、あわてて一夜が失礼しますと言い3人は佐夷を追いかけた。

 

 

 

 

――――――自分が過去に犯した罪

 

それをぬぐうために、今までやってきたつもりだった

しかし・・・もう自分にできることはない

 

果たして彼らはやりきってくれるだろうか?

もう見ていることしかできないけれど

 

 

「もうお前たちしか・・・望みはない・・」

 

 

 

 

 

橋本の脳裏に、一人の少女の笑顔が浮かんで 消えた

 

 

 

 

 

 

 

「佐夷!」

「・・何だよ。放っといてくれ。」

一夜の紫暗の瞳が佐夷を映す。

「琴子には・・何て言えばいいんだ?」

「一緒に連れて行けばいい。」

「無茶だ」

「無茶じゃねえ」

「無茶じゃなきゃ何なんだよ」

「言っただろ。俺は琴子を傍に置いておきたいって。」

「そんなことしたら琴子の命だって危ないこと分かるだろ!!?」

怒鳴り声が廊下中に響き渡る。

一夜は佐夷の胸倉を掴んだ。

「たぶん琴子は『行く』って言うだろう。それに、これは最高()司令官(じい)の命令だ。逆らえない。」

「〜〜〜っ!!くそじじいが・・何の為に!!!」

 

一夜は掴んだ胸倉を離すと、苦虫を噛み潰したような顔をしてその場から立ち去った。

 

 





++++

 

 

「任務?」

「そう。私達・・ちょっと遠出しなきゃいけないみたいなの。」

「そっか・・」

琴子は悲しい眼をして下を向いた。

「じゃあ私は出て行かなきゃいけないんですね・・」

「琴子!ちょっといいか?」

突然ドアが乱暴に開いたかと思うと、佐夷は琴子を引っ張り出してドアが閉まった。

 

 

「な、なななんですか!?佐夷くん。痛い痛い」

「あ、ごめん・・」

佐夷は引っ張っていた手を離した。

琴子の目の前にあるものは佐夷の部屋。

「ちょっと話がある。中に入ってくれ。」

そう言うと佐夷は部屋の中へ入った。琴子も後について入る。

 

 

 

「ま、楽にして。今紅茶でも淹れるから。」

「あ、そんな・・大丈夫です。」

「そうか。」

 

「俺達の今回の任務は・・『西の神』討伐だ。」

 

 

――――――ニシノカミ』・・・?

 

 

 

 

『アイツ』ノ・・コト

 

 

 

 

頭の中で、色々なモノが一気に渦巻く

 

 

「悪い。琴子のことをちょっとだけ調べさせてもらった。

 青山琴子・・家族構成は、父、母、そして一人娘の琴子。父と母は有能な薬師で、平凡と言っちゃ悪いが、ごく普通の生活をしていた・・」

 

 

 

ああ そうだ

 

私は幸せだった

 

 

 

 

「だが・・・あの日・・」

 

 

 

そう あの日

 

 

 

「“西の神”率いる『西軍』の起こした・・『あの戦争』によって家族はおろか街まで破壊されてしまった

お前は街の唯一の生き残り・・」

 

 

 

 

 

 

 

私はすべてを失った

 

 

 

琴子は動けずにいた。

 

部屋中に張り巡らされた沈黙の糸は、無条件に琴子を縛る。

 

佐夷も何も言わない。

かと言って、琴子が言葉を紡ぐのを待っている様子ではないようで。

凍てついた空気がその場を包む。

 

 

 

       自分を待ち受ける言葉

 

               それは 否定? 同情?

 

 

 

 

でも・・・・もうそんなこと、どうでもいいと思っている私を、アナタは嗤いますか?

 

 

 

 

――――――・・・生きてるフリして、死ぬことを恐れる私を、嗤いますか?

 

 

 

 

 

 

 

「残酷ね」

 

 

「ちょっ・・お前!!何してんだ!!?」

 

 

「死ぬとこだったぞ!!」

 

 

 

 

 

あの時

私をこの世界に留めたアナタに

正直、憎しみさえ感じる。

 

 

だけど

 

大切なモノも 希望も

全部絶望の中に堕ちたハズなのに

どうしてまだ私は生きていたいと思うんだろう

あんなにも死を望んだくせに

今は何故怖いのだろう

 

でも

もし分かったとしても

それはきっと

希望なんて言葉は似合わない

 

焦燥とした“生”への渇望なんだ

 

 

 

 

 

琴子

 

 

 

 

 

 

低く澄んだが聞こえた。

それが佐夷の自分を呼ぶ声だと気がついて、琴子は我に返る。

慌てて顔を上げた

 

瞬間

琥珀色の瞳と目があった。否、あってしまった。

どこか儚げな色を湛えたその瞳と。

 

 

・・・綺麗というべきか。

決して男の子に使うべき表現じゃないけど。

 

 

  「ホントごめんな・・勝手に調べたりして・・・嫌なこと・・思い出しちまったよな・・・」

 

どこかしょげかえった子供のような、佐夷くんには似つかわしくない声。

 なんだかまた自分が悪いことをしたような気になってしまう。あの時と同じように。

 彼は本当にこの軍隊の総帥なのであろうか?

 「い・・いいよ佐夷くん・・・本当の事なんだから・・それに私が・・・」

 

 「・・・・なぁ、琴子」

 

一瞬息をついて、佐夷くんはしっかりと私に目を合わせてきた。

触れれば崩れ落ちそうな、あの儚い琥珀はもう姿を消している。

 

 「俺達と・・・来ないか?“西の神”の討伐に」

 

 「・・・え?」

 

 「お前は・・自分の家族や育った土地を奪い去ったヤツの顔なんかみたくねぇかもしれない。

 でも・・・琴子・・・

 

   お前が思うほど・・世界は捨てたもんじゃないぜ?」

  

 ―――――― いくら泥を纏おうと。  いくら花を枯らせようと。   

 

 

道も 生きるも幸せも                           

 

 

 

最後に決めるは己の心

 

 

 

 

 

少なくとも世界は 僕達を拒んでいないから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きたい。」

 

 

 

世界は廻る 一秒も同じ瞬間などなく

 

私が見つめたこの世界がその一瞬なら、その他に何があるというのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし琴子と佐夷今何やってんのかしら!」

真莉は頬を膨らましながらコーヒーを飲んでいた。

Perはその隣でオレンジジュースを飲んでいる。

「さあ?」

「『さあ?』じゃないわよ一夜!!あんた何か知ってるでしょう!?」

「・・・・・さあ?」

「相変わらず嘘つくの下手ね」

「!!・・・知ってるってほどでもないがな」

 

 

最高()司令官(じい)の命で琴子を“西の神”討伐の旅に連れて行かなきゃいけなくなったんだ」

佐夷が言っていたと一夜は付け加えた。

「琴子は“西の神”の犠牲者だ。それを連れて行くなんて・・・残酷だよなぁ?」

そう言うと一夜は持っていた紙束をばさっと机の上に散らす。

「これ、琴子の資料。俺が情報部行って調べた。」

「・・青山琴子、家族構成は、父、母、そして一人娘の琴子。父と母は有能な薬師・・両親は『西の神』討伐への関与が高い。

 しかし3年前に“西の神”率いる『西軍』に両親と故郷の街全てを焼けつくされた。その街の唯一の生き残り・・・」

「さっき佐夷が『琴子を連れて行く』って言った時、俺思わず怒鳴っちまった。

 この任務はお遊びでやるようなもんじゃねえ。『器』の俺達と違って一般人は巻き込まれたら必ず死ぬ。」

「ねぇ・・この資料・・」

「ん?」

「情報部で調べたんでしょう?あまりにも琴子の資料が少なすぎるわ」

「やっぱり思ったか。何故だか知らんが、琴子の資料は少なすぎて集めるのに苦労した。」

一夜ははぁ、とため息をつくとコーヒーを一杯飲んだ。

「琴子は・・もしかしたら俺らみたいな何かしらの能力があるのかもしれない。」

「それってどう・・」

 

真莉が何かを言う前にドアがバンと開いた。

 

そこから出てきたのは琴子と佐夷。

真莉は慌てて資料を椅子の後ろに隠した。

「待たせたな。悪ぃ。」

「えっと・・皆さんの任務についていくことになりました。よろしくお願いします。」

そう言って琴子は頭を下げた。

「コトコも行くの〜?」

「うん。迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね。Perちゃん。」

真莉も一夜同様、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「琴子・・・本当に行くつもりなの?」

「はい・・行きます。」

「そう。本当なのね・・・。」

 

 

 

 

 

 

琴子は自分の出した答えに自信はなかったが、これだけは分かった。

 

 

 

 

 

 

私の手を取ってくれる人がここにいる限り

 

 

私はきっと、歩いて行ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next act….