Crude Crime  act3   Suffering

 

 

 

 

 

―――――キィ  ガチャ・・・

 

 

 

明日の旅立ちのための準備をしていた佐夷はドアの方を振り向いた。

大抵部屋に訪れるのは一夜なのだが、めずらしくそこには真莉が立っていた。

 

「・・・お前が俺の部屋に来るなんてめずらしいな、真莉」

 

真莉は黙ったまま佐夷を睨み付けている。

 

「何だよ?」

「・・・琴子のこと。」

「?」

 

「“西の神”討伐に琴子を同行させること、もう一度考え直してほしいの。」

「考え直すも何も・・俺は琴子を連れて行くこと以外考えてないが。」

 

 

今にも口論になりそうな空気が部屋中を支配する。

 

「・・・それが勝手だっていうのよ。」

「琴子だって了承したの、お前も聞いただろう。」

「それはそうだけど・・私達の任務に一般人を巻き込むことについて何とも思わないの?」

「そうは言ってもな、最高()司令官(じい)も命でもある。」

「あなたの権限ならそんな命令取り消せるじゃない。」

 

佐夷はふぅと溜め息をついた。

その仕草が真莉の感情を更に苛立たせる。

 

 

「・・・さっき、琴子の資料見たわ。」

「そうか。」

「どうしてわざわざ親の仇に会わせるような真似をするのか理解に苦しむね」

「だからって『危険な任務の為』と理由つけて琴子を置いてくのか」

 

「・・・・・。」

 

「―――邪魔者扱いにして捨てていくのか」

「違う!!!」

 

真莉の声が部屋中に響いた。

感情を高ぶらせている真莉とは反対に、佐夷は冷めた視線を相手に送る。

 

 

「 お前に琴子の、何が分かる 」

 

 

 

 

一瞬真莉の顔が酷く歪んだ。

 

 

 

「――――・・・冷血人間。」

 

 

バタンッと勢いよくドアが閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・あたしだって、こんな酷い任務行きたくないのよ・・・」

 

寂しい独り言が廊下で泣いた。

Perだけがそれを聞いていた。

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

 

いつもの夜。いつもの晩御飯。いつものメンバー。

しかしここで過ごすのは最後の夜。

 

 

 

 

俺達と・・・来ないか?『西の神』討伐に。」

 

 

 

 

 

 

 

「行きたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の中で色んな感情が螺旋のように廻っている。

 

ただ漠然とした不安と、“西の神”を拒否する思いが身体に絡みついていて

私の口から咄嗟に出た『行きたい。』という言葉が私を苦しめる。

その言葉に後悔はないか、心の中でずっと確かめている。

 

 

 

 

 

 

『わたしが、神だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな逃げろ!!西軍が街に火を放ったぞ!!!』

『助けてください!!娘が倒れてきた電柱の下敷きになったんです!!!誰か・・』

『誰か、誰か助けてくれ!!俺の背中に火が点いた!!熱ィ!!!』

『おい他人に構ってる間はないだろ!!早く逃げろ!!』

『おねえちゃーん 死んじゃやだよー僕を置いていかないでよー』

 

 

 

 

 

 

 

『お母さーんお父さーん!! 返事をして!!琴子はここにいるよ!!』

 

 

 

 

 

『お母さん・・お父さん・・・どこ・・?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴子  おい・・・琴子!?」

 

は、はいっっ!!!

 

 

 

「〜〜〜〜元気ないのかと思ったら・・威勢のいい返事だな・・・」

「琴子大丈夫?気分が悪いの?」

 

真莉は心配そうに琴子の顔を覗きこんだ。Perも食べるのをやめ、琴子をじっと見ている。

 

「ううん全然。私は元気だよ!」

「そう・・なら、いいけど。」

「ちょっと今日はなんか疲れてしまって・・きっと私眠いんです。食事中にごめんなさい。」

「じゃあ今日はしっかり寝なきゃな。でないとこの先身体持たんぜ?」

「そうよー。あと身体もちょっと動かして鍛えなきゃ!ね、Per?」

「うん。」

「身体鍛えることなら俺の専門だよ。手とり足とり腰と」

「はいはいはい、一夜くんその唐揚げ没収」

「うわぁあぁあ!!!それ俺が最後のお楽しみでとっといた唐揚げ!!」

 

 

琴子はぎこちない笑顔を浮かべたまま、笑っていた。

 

 

 

 

 

しかしその様子を一夜は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「琴子  これ食い終わったら、ちょっと外行こうぜ」

「え? あ、はい」

 

 

 

旅立ち前の最後の晩餐を済ませた後、それぞれは明日に控える旅の支度をする為部屋に戻った。

 

 

―――― 一夜と琴子を除いて。

 

 

 

 

 

 

「悪かったな。急に外に連れ出しちまって」

「ううん 大丈夫だけど・・どうかしたんですか?」

「まぁまぁ 立ち話もなんだから取り敢えず座ろーぜ」

 

 

そう言って一夜はどかっと地面に座り込んだ。

琴子もそれに続いて静かに座った。

 

 

 

 

「んで、どしたよ?」

「えっ」

「なーんか思い悩んでないか?さっきからお前の様子、ちょっと変だ」

「あ・・多分緊張してるんです。明日から旅に出るから。」

「琴子、正直に言えよ」

一夜がキッとした少し厳しい眼差しで琴子を見た。

 

 

ぞっとする、まるで心臓を射抜くような眼で・・・

 

 

 

「・・・・・・」

「ごめんごめん。ビビらしちまったか?ただ俺は琴子の今思ってることが聞きてぇんだ。それだけ。」

「わ、私は・・・」

「“西の神” か。こいつだろ?琴子の心でつっかかってるとこ。」

 

図星だった。

 

 

 

「琴子もこいつの被害者なんだろう?」

 

 

「そう、3年前の・・あの大規模な戦争。」

 

 

 

 

やめて

 

 

 

 

 

「死傷者は十五万人以上。そのほとんどが一般人。・・戦争というよりは、虐殺に近かった。」

 

 

 

 

 

やめて それ以上   言わないで

 

聞きたくない

 

 

吐き気がする

 

 

 

 

「・・わたしは・・・」

 

 

自分が弱くて 情けなくて

 

もう忘れたはずなのに 3年も前のことをまだずるずるひきずってて

 

 

 

 

 

「この旅に出るのが怖いです。怖くて、仕方ないです。」

 

 

「ふ、震えが止まらないです  怖くて怖くて、思い出してしまって」

 

 

「でも、行きたいと言ってしまった。それでもこんなこと言ってる私は・・弱虫なんでしょうか・・」

 

 

 

琴子の眼から涙がぽろぽろと零れ落ちる。

身体は震え、下唇を強く噛み締めても治まることはなかった。

「大丈夫、大丈夫だから。俺も“西の神”は怖い。」

一夜がそっと琴子の背中をさすった。

「え・・一夜さんも・・?」

「あぁ、怖いさ。俺も今のお前みたいに泣きてぇよ。」

泣くと男前度が下がるから泣かないけどな、とつけたして笑った。

 

「お前だけじゃねえよ。エージェント皆が“西の神”を恐れている。」

「そんな・・だって誰もそんな素振り見せてなかった・・」

「みんなカッコつけたがりなのさ。俺含めてな。」

 

 

 

私だけじゃ なかったんだ

 

 

 

 

「琴子は、真実を知るのが怖いか?」

「え?」

「真実を知りたくないか?」

「・・でも知らなくていい真実もあります・・。これ以上辛い思いをするのは嫌なんです。」

「まぁな。」

 

「知らなくていい真実もある。真実を知った瞬間全てが崩れることだってある。」

 

 

「だけど・・真実を知らずに死ぬのは悔しくないか?」

 

「・・・・・。」

 

「俺らせっかくここまで精一杯生きてきたのに。真実くらいちゃんと知ってから死にたくないか?」

 

 

「“西の神”とやらを討伐するために旅しようと思ってる奴なんざ、うちには一人もいねぇよ」

「任務の為に皆さん行かれるんじゃ・・」

「はっ 任務だなんて笑っちまう。糞くらえってんだ。」

一夜はポケットから煙草を一本取り出し、咥えた。

シュボという音がして夜の何も見えない場所にひとつの小さな灯りが生まれる。

 

「そりゃあ“西の神”んとこに行くきっかけ(・・・・)は任務だけどよ。目的(・・)は討伐だけじゃない。」

「じゃあ・・エージェントの皆さんの目的は一体何なの?」

「ん?自分のため。」

 

琴子は眼を見開いた。

もっと複雑な答えを予想していたからだ。

へへへと一夜が笑う。

 

「何でもない、自分のため。大方、過去の決着(ケリ)をつけるためだろうな。」

「自分の・・ため・・・」

 

ふわと灰色の煙が宙を漂った。

 

 

「その、あの時は半分ノリで行くって言っちまったんだろ?」

「いえ そんなことは・・」

「じゃあなんで琴子の顔沈んでんの」

「・・・・」

 

 

「とりあえず一晩もう一回よく考えるこった。別に行きたくないって言っても怒る奴なんてうちにゃ誰もいねーし」

一夜がちらと琴子の表情を覗いたが、うつむいていて顔はよく見ることができない。

「ほらTake it easyだ琴子!!簡単簡単。ようは自分が行きたいか、行きたくないかってことよ。な?」

 

 

私が 行きたいか 行きたくないか

真実を知りたいか 知りたくないか

 

 

 

 

「俺が言いたかったのはそれだけ。じゃおやすみー」

「あ、待ってください一夜さ・・!」

「そうそう、言い忘れてたが考えすぎもよくないぜ。ほどほどにしてとりあえず今夜は寝ろな。」

 

ひらひらと手を振って一夜は要塞の中へ入っていってしまった。

 

 

「あ 琴子ー なんなら今夜は俺の部屋で寝・・・ぐぁ!!

「うっせーんだよ公害(こうが)一夜(いちや)!!何外で騒いでんだ!!!」

「いててて何すんだよ佐夷!!窓から空き缶投げることねーだろ」

 

 

その様子を見てくすりと笑うと、琴子は空を見上げる。

今夜は星がとても綺麗だ。

 

 

 

 

わたしが どうしたいか

 

 

 

 

 

部屋に戻ろう。

戻ってゆっくりベッドの中で考えよう。

 

 

そうだ お母さんとお父さんの写真を眺めながら考えよう。

いつもやってるみたいに相談してみよう。

 

 

 

 

琴子は急に立ち上がると自分の部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻った琴子は旅の支度―といっても荷物なんてほとんどないが―を整えた後、ベッドに入った。

 

私がこれから会うのは、父さんや母さんを殺した男。

実際会ったらどんな気持ちになるのだろう。

怒りと憎しみで一杯になるかな。それとも涙が止まらなくなるかな。

 

 

 

やっぱり 行こう。

 

 

 

そんなことを考えながら、琴子は眠りについた。

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

―――――翌朝。

 

 

 

 

 

 

「おはよう琴子」

「あっ 一夜君。おはようございます。」

「昨夜はよく眠れたか?」

「えぇ。流れ星の如くよく寝れました。

「(流れ星?)そ、そりゃあ・・よかったな・・」

 

普段は静かなのに、今日は辺り一面ざわついている。

一夜と琴子の前を沢山の兵士が横切って行った。

 

「今日は一夜さんの服装、いつもと違うんですね。」

「あぁ、これは俺らエージェントの軍服。普段は着ないが任務の時だけ着るんだ。」

 

 

「・・・あ。」

「どうかしました?」

「佐夷だ。」

ほら、と言う一夜の視線の先には確かに佐夷が居た。

 

「佐夷くん・・なんだか元気が無さそう・・」

「ちょっと佐夷のとこに行こうぜ」

「そうですね。」

 

一夜と琴子は佐夷の元に駆け寄った。

確かに今日の佐夷はなんだか元気がない。

「おはよう佐夷。」

「・・おぅ。」

一夜が心配そうに佐夷の顔を覗き込む。

「・・どうした?なんか元気ないじゃねーか」

「別に何でもねぇよ」

「そうか・・ならいいんだがな」

佐夷はそっぽを向いてしまった。

琴子はそれを見て心配になり、一夜の顔を見上げる。一夜も何とも言えない表情をしていた。

「そういえば・・真莉さんとPerちゃんをまだ見かけていませんよね?」

「言われてみればそうだな。いつも一番に起きてくるはずなのに」

「なぁ佐夷、真莉たち知ってるか?あいつら寝坊なんてする奴じゃ」

「知らねぇ」

一夜の言葉を阻止するようにきっぱりと冷たく言い放った。

何ともいえない空気が当たり一面に漂う。

 

 

今日の佐夷は、なんか変だ。

 

 

琴子が何か言いたげに一夜の顔を見る。

 

『こういう時の賢い対処法、ほっとくのが一番さ。気にすんなって。』

一夜がそっと琴子に耳打ちした。

「でも・・・・」

「そのうち真莉も来るだろうよ。今は、とにかく待とう。」

 

 

 

10分後、真莉とPerがやってきた。

しかし二人共その表情はいつもより少し暗い。

一夜と琴子が立ち上がって二人の元に駆け寄る。

「どした、皆心配してたぞ。」

「あの・・・どこかお身体の具合が悪いのですか?」

「ごめんね。ちょっと色々あってもたついちゃったわ。何でもないの。」

「よかった――。」

琴子がふわりと笑った。

しかしやはり真莉の表情は相変わらず暗い。

 

「ねぇ、琴子。」

「はい?」

「貴女、今辛くない?大丈夫?私は無理に行かせることだけはしたくないの。」

「大丈夫ですよ。むしろ今は気分がとってもいいです。天気もこんなによくって・・・」

「そう。強いのね。」

「え?」

 

「私は、怖い。」

 

「―――真莉さん?」

 

 

「笑っちゃうよね。軍のエージェントがたかだか旅ぐらいでこんなに緊張しちゃって。」

「いえ・・そんなことは・・・」

「この旅は、ただの旅じゃないわ。」

「どういうことですか?」

「そうね。例えるなら、自分の古傷をわざわざ自らナイフで刺すようなものよ。」

 

琴子には何のことについて言っているのか分からなかった。

ただ、そう呟く真莉の表情は辛そうだった。

 

「琴子はこの旅で親の仇に会いに行く。・・・私も実はそうなの。」

「そう・・だったんですか・・・」

「私だけじゃない。一夜も、Perも・・・佐夷もそうよ。何かしら奴とは縁があるの。」

 

「皆、怖いのよ。」

 

 

皆何かを抱えていた。

一夜の言うとおり自分だけじゃなかった。皆誰しもが怖かった。

 

 

―――琴子はまた気づけなかった自分を激しく嫌悪した。

 

 

「俺は別に怖くなんてない。あいつとは無関係だ。」

「佐夷くん・・・」

「怖いから行きたくないってか?笑わせるなよ。

 そんなに怖いんだったら行かなきゃいい。・・・・足手纏いになるだけだ。」

「佐夷!お前・・!!」

一夜が強く拳を握る。

「俺は一人でも行く。」

佐夷はそう言うと勝手に車のエンジンをかけた。

「今ここで抜けたい奴、いるか?」

あたりがしーんとなる。

誰もこの場から動こうとはしなかった。

 

「琴子、行くのか?」

「はい!」

「いい返事だな・・・いくぞ」

佐夷は少し安堵した表情を見せた。

それを見て一夜は少し安心した。

 

 

(佐夷だって無関係じゃねぇ・・・。佐夷を罠にはめて両親を殺させたのは“西の神”なんだから)

 

佐夷はそれを隠したいのか、『無関係だ』と主張する。

罠にはめられたことに気づいてない訳がない。

 

 

 

 

こうして旅は終焉にむけて始まった。

 

 

 

 

 

「あぁ!愛しいPerと一緒に旅行へ行けるなんてサイコー」

「お前さっき10秒前まで旅が怖いとか言ってたじゃねえか!!しかも旅行じゃねえし」

「あと10分経ったら運転手交代な。今の内にじゃんけんしとけ。」

「早いよ佐夷!!まだ1`しか進んでない・・・

 

「・・・いつもこんな感じなんですか・・・?」

「「「「いつもこんな感じです」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next act…..